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黒沢年雄が高市首相の握手事故を心配し危険性と体験談を語る。芸能界の握手のリアルな痛みと支援者との握手のリスクを指摘。
黒沢年雄さんがブログで高市首相の握手ケガに共感しまくり。「知らない人との握手は危険」「愚かな人間がいる」って、芸能界の握手会経験者ならではのリアルな痛みが伝わってくる…。松坂大輔の例まで出して心配してるの、なんかほっこり&考えさせられるよね。高市さん、早く良くなって!



1 冬月記者 ★ :2026/02/03(火) 10:53:27.66 ID:hpcTnnvz9.net
https://news.yahoo.co.jp/articles/9213c204ef0d4f3a0ae8d76e7aa94b408fc24cb5

黒沢年雄「知らない人との握手は危険」支援者との握手でけがを負った高市首相を気遣う


 俳優、黒沢年雄(81)が2日までに自身のブログを更新。握手の危険性を訴えた。

 黒沢は「高市総理が街頭演説で聴衆から手を引っ張られ怪我をした…」と前置きし

 「凄く分かる…握手会や公演で会場内を歌いながら握手をするさい…骨が折れるかという位、握り返す輩や、強引に引っ張って離さない。程度がわからない愚かな人間がいる…非常識人間だ…」と苦言を呈した。


 さらに「あの痛さは体験者しかわからない…その後はコツを覚え、瞬時に分かる時がある…その時はタイミングよく相手の手から素早く抜く…」と体験談をつづった。

 また「野球の選手や女子ゴルファーも、子供とはするが大人とはやらない…過去には松坂選手もそれで選手生命を縮めた…ある意味知らない人との握手は危険極まりない」と危険性を訴え

 「それにしても高市さんのあの身体が心配だ…両手に包帯を巻きカモフラージュして握手をしないで頂きたい…痛みの後に楽あり(笑)」と高市首相を気遣った。

 高市早苗首相(自民党総裁)は1日、自身のX(旧ツイッター)を更新し「実は、ここ数日の遊説会場で、熱烈に支援してくださる方々と握手した際、手を強く引っ張られて痛めてしまいました。関節リウマチの持病がありまして、手が腫れてしまいました」と報告していた。

【高市首相、手を引っ張られて腫れる大ケガ…黒沢年雄「程度がわからない愚かな人間がいる」ってマジでわかるわ~】の続きを読む


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イトーヨーカドー春日部店のサムネイル
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8キロバイト (813 語) - 2024年7月25日 (木) 03:04

「クレしん」登場スーパーが11月で閉店するとは残念ですね。長い間ファンに愛されてきた場所だっただけに、惜しむ声が多いのも納得です。

【- クレしんファン必見!「サトーココノカドー」の営業が16日まで】の続きを読む


弥助(やすけ、生没年不詳)は、戦国時代の日本に渡来した黒人男性。宣教師の奴隷または従者として戦国大名・織田信長に謁見して気に入られたことで、宣教師から信長に進呈された。信長が死去するまでの15か月間、信長に仕え、その家臣に召し抱えられた。 弥助の出自については、フランソワ・ソリエが1627年に記した…
23キロバイト (3,038 語) - 2024年7月11日 (木) 07:54
弥助が実在したとしても、その経歴がまさか黒人奴隷から成り上がったとは驚きです。このような逸話は本当に面白いですね。

1 Hitzeschleier ★ :2024/07/22(月) 10:49:07.21
アサクリ問題が歴史学界に延焼しているので、整理しておこう。最初に断っておくが、アサシン・クリードというゲームがどんな荒唐無稽な設定をしても、それがフィクションだと断っていれば何の問題もない。問題はその原作者、トム・ロックリー(日大准教授)がそれを事実だと主張し、Wikipediaなどを改竄したことだ。

おかげでデービッド・アトキンソンなど、それを信じる人が出てきた。マスコミが小説を史実として報道すると、慰安婦問題のように大変なことになる。こういう問題は初期消火が大事なので、あえて細かい事実関係を書いておく。この問題は、大きく二つにわけられる。

弥助は黒人奴隷だったのか
まず弥助は奴隷だったのか。いま話題になっているトム・ロックリーの『信長と弥助』はこう書いている。

弥助は内陸部に赴くたびに、大騒ぎを引き起こした。地元の名士のあいだでは、キリスト教徒だろうとなかろうと、権威の象徴としてアフリカ人奴隷を使うという流行が始まったようだ。弥助は流行の発信者であり、その草分けでもあった。(p.13)

信長と弥助 本能寺を生き延びた黒人侍
「アフリカ人奴隷を使う流行」の出典は示されていない。「地元の名士」が誰を意味するのかもわからないが、おそらく戦国大名だろう。とすると織田信長も弥助を奴隷として使ったことになる。確かに信長は宣教師ヴァリニャーノから(おそらく奴隷だった)弥助を献上されたが、「アフリカ人奴隷」の具体例はこれだけである。

他に日本人が黒人奴隷を使った例はなく、弥助以降に黒人奴隷はいない。加藤清正が黒人の家臣を使った記録があるが、これは別人である。この本には「奴隷」という言葉がたくさん出てくるが、ほとんどは海外の例である。つまり「日本の名士に黒人奴隷が流行していた」というロックリーの話は事実無根なのだ。

これが小説なら問題ないが、日本大学はこれを学術書にカウントしてロックリーを採用した。フィクションで教員を採用したのは研究不正の疑いがある。

弥助は「侍」だったのか
もう一つの問題は、奴隷ほど自明ではない。ヴァリニャーノが信長に黒人を献上品として贈ったことは『信長公記』などにも書かれている史実であり、信長が黒人を彌助(異本では彌介)と呼んだことは疑いないが、その身分は奴隷ではなかった。

弥助が大活躍したのは、本能寺の変である。明智光秀が本能寺を1万3000の軍勢で奇襲攻撃したとき、信長の身辺には30人程度の護衛しかいなかったので信長は切腹した。弥助は本能寺を脱出して二条城にいた嫡男、織田信忠のもとに駆けつけたが、信忠も切腹した。その後の弥助の消息はわからない。

問題は弥助がどういう身分だったかである。『信長公記』には短刀と屋敷を与えられ「道具持ち」をしていたという記録があるので、ボディガードのような仕事だったと思われる。これを侍(上級武士)と呼ぶかどうかは定義の問題である。

江戸時代の侍は苗字帯刀が条件だったので、家名(苗字)のない侍はありえない。戦国時代には武士と農民は未分化だったので、侍の定義はもっと広いという人もいるが、家名のない侍というのは考えにくい。

世界に「黒人奴隷デマ」が拡散するのは要注意
これは大した問題ではないが、ロックリーは「黒人奴隷が信長に抜擢されてトップに成り上がった」という物語に仕立て、BBCやCNNもそういう「歴史上の新発見」として報道した。NHKもBlack Samuraiという90分のドキュメンタリーをBSで放送した。

この番組の監修者はロックリーで、彼の本をベースに話が展開している。弥助の存在は昔から知られていたが、彼を侍と呼んだ史料はない。苗字のない人物を侍と呼ぶことは考えられないからだ。しかもこの番組では多くの黒人の話を合成し、加藤清正の家臣(別人)まで弥助にしている。

(略)
https://agora-web.jp/archives/240720162530.html?amp=1

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