「実感がわかない」は、感情が足りない indict ではない。区切りの言葉が出たあとも、身体がまだ次の動作に残っているときに出る。

西武の栗山巧は引退試合の朝、ファン約630人が同席する会見で「いよいよこの日がきたという気持ちと、それでもまだ実感がわかないという気持ちが入り混じっています」と話した。ベストプレーを問われると、過去の一本より「一番は今日打つヒット」と返している。

見るべきは涙でも感謝の量でもない。先に「ユニホームを脱ぐ決意」を報告し、すぐあとに「今日打つヒット」が来る、その前後差だけだ。

8509

実感がわかないは頭より身体が遅い

観察する点は一つ。言葉は「終わり」を言っているのに、身体の向きは「次の打席」のまま残っていること。

引退はカレンダー上の事実になる。会見もスーツも、630人の拍手も、頭には届く。ただ、25年同じユニホームで同じ時間帯に同じ準備をしてきた身体は、その場では切り替わらない。朝の会見で区切りを言い切っても、夕方の打席に向けた重心は残る。

「特に会話はしていない」同期の中村剛也を「当たり前の存在ですけど、特別なチームメート」と言ったのも、同じ遅れの隣にある。毎日言葉を交わさなくても、同じ場所に立つ時間が長いと、身体は相手を環境として記憶する。会話の有無より、同じ地面に立ち続けた時間が先に残る。

道場でも似た遅れが出る。試合が「止め」で終わったあと、手がすぐ下りる人と、呼吸が戻るまで構えが残る人がいる。後者は演出ではない。判定は終わっても、足裏の圧と肩の高さがまだ試合側にいる。

amateur のフルコンで、最後の試合が終わった直後も同じだった。場内はすでに次の組み合わせに動いている。自分の頭も「終わった」と分かっている。なのに足幅だけが試合のまま残り、体重が前足に乗ったままだった。実感はその数秒あと、かかとが床に戻ったときに遅れて来た。

本番のあと気持ちが追いつかないときの足

仕事の発表、長い会議、最後と決めたトレーニングでも同じことが起きる。終了の言葉を出した瞬間に楽になる人と、終わったあとも肩が上がったままの人がいる。差は性格より、身体が「次」をまだ保持しているかどうかだ。

会見の言葉を性格診断に使わない方がいい。「神妙」も「ニヤリ」も、その場の呼吸の位置で変わる。残るのは、区切りを言ったあとも次の動作に身体が残る、という時間差だけだ。

8511

区切りのあと30秒だけ足幅を残す

試すのはこれだけ。大事な場が終わったら、すぐ席を立たず、その場の足幅のまま30秒立つ。体重がつま先側に残っているか、かかとに戻っているかだけ見る。戻っていないなら、頭は終わっていても身体はまだ本番側にいる。

確認できたら、かかとを床に預ける。肩を下げようとせず、足だけ先に終わらせる。実感は気合いでは来ない。接地が変わったあとに遅れて来る。

引退の朝に「実感がわかない」と言えるのは、身体がまだ今日の打席を捨てていない、という正直さでもある。先に言葉だけ終わらせない。足が戻ってから、区切りは身体にも届く。