ゴルフ場の緑の上で、クラブを握った笑顔が並んでる写真を見た瞬間、胸の奥がざわついたんですよね。堀江貴文さんがXに上げたその一枚。ついこないだ一緒に回ったばかりなのに…という短い言葉が、なぜか長く響く。
8月2日、堀江貴文さん(53)が自身のXを更新した。この日、37歳で亡くなったことが報じられたタレントの清水良太郎さんとみられる人物を含む、4人のゴルフ集合写真を投稿。「こないだゴルフしたばっかりだったのに、、」とだけ記していた。写真には、堀江さん、良太郎さんとみられる笑顔の若い男性、宮迫博之さんとみられる人物、そしてもう一人が、青空の下でクラブを手に並んでいる。
良太郎さんはものまねタレント清水アキラさんの三男。1日夜、都内の自宅で意識を失った状態で発見され、警察は自殺の可能性が高いとみているという。俳優として大河ドラマや「ごくせん」に出演し、ものまねでも活躍したあと、2017年の覚醒剤事件で大きくつまずき、一度表舞台から離れた。近年は活動を再開し、6月には父と親子コンサートも果たしていたばかりだった。た。
写真に映る「今この瞬間」の空気感
僕がこの写真をじっと見ていたのは、みんなの肩の力の抜け方なんです。特に良太郎さんとみられる右端の男性。ライトな黒髪に、口角が自然に上がってて、クラブを軽く握る手がリラックスしてる。ゴルフって、スコアを気にしすぎると表情が硬くなるものだけど、この一枚にはそんな緊張感がほとんどない。青空と緑のコントラストの中で、ただ「今日はいい日だな」っていう空気が流れているように見える。
武道を長くやってると、相手の仕草から「今、心が開いてるかどうか」がなんとなくわかる瞬間があるんです。たとえば、組手の休憩中に相手が水を飲んでる仕草。肩が落ちて、息が深くて、目が柔らかいと「今日はいい練習になったな」って感じる。逆に、肩が少し上がったままだと、まだ何か抱えてるなって。この写真の笑顔は、まさに後者じゃなくて前者。少なくともゴルフのその日は、みんなで穏やかな時間を共有できていたんだろうな、と想像してしまう。
実際に道場で似た場面を思い出したんです。10年ほど前、フルコンタクトの練習後に後輩と駅まで歩いて帰ったときのこと。彼はいつもより笑顔が多くて「今日はいい汗かいたっす」って何度も言ってた。でもその数日後、彼が「実は家のことでちょっとしんどくて…」と打ち明けてくれた。表面の表情と、内側の重さが必ずしも一致しないことって、人間関係ではよくある。堀江さんの投稿の「、、」という余白は、まさにその「一致しない隙間」を静かに指し示しているように感じた。
「ついこないだ」という時間の近さが生む衝撃
堀江さんと宮迫さん、そして良太郎さんが同じゴルフ場に立っていた事実は、芸能界の人間関係の機微を改めて浮かび上がらせる。宮迫さんも過去に大きな転機を経験した一人だ。同じように「一度落ちて、また立ち上がる」過程を歩んできた人同士が、ゴルフという場で自然に交わる。そこには、テレビの表舞台とは違う、もっと素の関係性があったのかもしれない。
筋トレを25年続けていて気づいたのは、「限界を感じたあとに訪れる静けさ」の大切さなんです。ベンチプレスで//maxに近い重量を挙げたあと、バーをラックに戻してしばらく座り込む。息が整うまで何も考えられない時間が来る。あの瞬間は、身体も心も「今はこれでいい」って受け入れる余白が生まれる。ゴルフも似ていて、18ホール回ったあとのクラブハウスでの何気ない会話は、普段言えないことをぽつりと漏らしたりする場になりやすい。堀江さんが「こないだ」と書いた背景には、そんな余白の中で交わした何気ない言葉があったのかもしれない。
似た事例を思い浮かべると、アスリートの突然の訃報のあとに、関係者が「ついこの前一緒に練習したばかりだった」と口にする場面が少なくない。例えば、ある格闘家が試合後のインタビューで笑顔を見せていた数週間後に報じられたケース。関係者は「あのときの表情が、最後の元気な顔だった」と振り返っていた。表面の笑顔が「最後の記録」になってしまう瞬間の切なさは、観察を続けていると何度も胸に刺さる。良太郎さんの場合も、6月の親子コンサートからわずか2ヶ月。父・アキラさんが「元気が一番の親孝行」と語っていた言葉が、今になって重く響く。
業界のトレンドとして、近年は「再起」や「セカンドチャンス」を公に語るタレントが増えている。良太郎さんも、逮捕後の解雇を経て、運送業などを経験しながら徐々に表に戻りつつあった。TikTokで脱毛やサウナのリポートをアップしていたのも、最近のことだ。そうした「前に進もうとする仕草」と、突然の別れが重なったとき、周りの人は「もっと何かできたんじゃないか」と自分を責めてしまうことが多い。堀江さんの短い一文には、そんな自責の念が直接は書かれていない。ただ、写真を公開した行為そのものが、「あのときの笑顔を、忘れないでほしい」という静かなメッセージになっているように見える。

ここで一つ、個人的な教訓をはっきり書いておきたい。筋トレや武道で「相手の様子を観察し続ける」習慣は、日常の人間関係にもそのまま活きる。相手が笑顔でも、声のトーンや仕草のわずかな変化に気づいたら、無理に踏み込まずに「何かあったらいつでも」とだけ伝えておく。それが、結果的に相手の心の余裕を守ることにつながる場合がある。道場で後輩が試合前に微妙に表情を固くしていたとき、僕は「フォームの話」にだけ話題を絞って、メンタルの話はしなかった。後日彼が「あのとき余計なことを聞かなくてよかった」と言ってくれた。観察はするが、踏み込みすぎない。その機微が、長期的な信頼を生むんだと実感した経験だ。
関連して、以前このブログで書いた「再起を果たしたアスリートの表情観察」の記事でも似た視点を深掘りした。突然の出来事のあとに残る「ついこないだ」の記憶が、どれだけ人の心を揺らすかを、武道の視点から整理したものだ。興味があれば読んでみてほしい。
→ 再起アスリートの表情に見る「本当の回復」のサイン
また、堀江さん自身も過去に大きな転機を経験した人だ。ライブドア事件を経て、今も精力的に活動を続ける姿は、多くの人が知るところ。そんな彼が「ゴルフしたばっかり」と素直に驚きを記したことは、意外と稀有な素直さだと思う。表の強い発言が多いイメージの中で、こうした短い余白のある言葉は、人間関係の機微を大切にしている証拠のようにも感じられる。以前、別の記事で「強面の裏にある人間らしいゆらぎ」を観察したときにも同じ印象を持った。
→ ホリエモンの意外な「ゆらぎ」から読む人間関係の機微
写真の中の笑顔は、永遠にその日のまま残る。でも現実の時間は止まらない。その落差が、見る人の心に静かに残る。
最後に一つだけ。突然の別れを経験したとき、人は「もっと話しておけばよかった」と後悔しがちだ。でも、実際には「あの日の笑顔を一緒に作れた」という事実自体が、すでに貴重な贈り物になっている場合もある。ゴルフのグリーンの上で並んだ4人の表情は、少なくともその瞬間は、誰もが「今」を生きていた証拠だ。それを公開した堀江さんの選択は、派手な言葉ではなく、静かに「覚えていてほしい」と伝えてる気がする。
あなたは、最近誰かと「ついこないだ」の時間を共有しただろうか。そのときの相手の表情を、ふと思い出してみてほしい。もし少しでも気になる変化があったなら、無理のない範囲で声をかけてみるのも、一つの忍耐の形なのかもしれない。
このテーマに触れていて思い出した本がある。突然の喪失や、心の機微を扱う内容で、似た経験を持つ人にとって少し役に立つかもしれない。押し売りではなく、興味があれば手に取ってみてほしい程度のものだ。
文・ソフトマッチョ(筋トレ25年・アマチュアフルコン空手)


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