走行中の地下鉄の屋根を走る少年たちの姿を、警察のドローンが上空から捉えた。その仕草を見ていると、ただの危険行為じゃなく、誰かに認めてもらいたいという切実な気持ちが透けて見えてくるんですよね。なぜ今、こんな話が心に引っかかるのか。自分の若い頃の経験が、ふと重なったからです。
2026年7月20日午後4時頃、ニューヨーク市ブルックリン区の地下鉄B系統。ニューカーク・プラザ駅からキングス・ハイウェイ駅までの約5分間、12歳から15歳の少年6人が走行中の列車の屋根や連結部分に乗り、加速する車両の上を走っていました。警察のドローンが発見し、地上部隊と連携して追跡。住宅街の裏庭へ逃げ込んだところを5人が逮捕され、危険行為や不法侵入などの罪で起訴されています。うち1人は地下鉄設備に入るための鍵を複数所持していたそうです。
2日後には同じ行為で16歳の若者が重体になる事故も起き、ニューヨーク市では2023年に5件、2024年に6件の死亡事故が確認されています。精神科医のグレイル・サルツ氏は、SNSの同調圧力が承認欲求や所属欲求を強めていると指摘しています。

この映像を何度も見返して、僕が一番気になったのは、少年たちの「動き」なんです。ただ逃げるとか、ただ乗るんじゃなくて、屋根の上で軽やかに走ったり、連結部分に降りるときの体の使い方が、どこか「見られている」前提の仕草に感じられた。カメラを意識したような、肩の力の入れ方や、視線の向け方。武道をやってきた人間の目には、それが「相手の反応を待つ」姿勢に似て見えたんです。
実際に道場で似た場面を思い出したんです。20代の頃、組手の練習で後輩が「かっこいい技」を無理に出そうとしていた時のこと。ガードを固めるより、派手な回し蹴りを優先して、相手の間合いを無視した瞬間、バランスを崩して膝を痛めた。その後輩の顔は、技が決まった瞬間の誇らしさと、失敗した直後の焦りが混ざっていて、今でも忘れられない。あの時僕は「誰かに見せたい気持ちが先に立ってるな」と感じたんです。承認されたいという欲求が、身体の感覚を鈍らせる。
少年たちのトレインサーフィンも、同じ構造に見えます。SNSで「いいね」やコメントがもらえる「派手な行動」を優先して、列車の風圧やトンネルとの距離感といった「身体のリアル」を後回しにしている。警察が公開した映像では、逃走する時の足取りが少しぎこちなくて、それが逆に人間味を感じさせました。完璧なクールじゃなく、焦りが滲む仕草。そこに、ただの悪ふざけを超えた「認められたい」という本音が隠れている気がするんです。

業界のトレンドというか、若者の間で広がる「見せる文化」を考えると、芸能界の裏側で見てきた人間関係の機微とも重なります。あるアイドルグループのメンバーが、ライブで無理にアクロバティックな動きを入れて、ファンの反応を期待していた時期がありました。表情は笑顔なのに、仕草に「これで評価されるはず」という力が入りすぎていて、結局怪我につながった。観客の「いいね」が、本人の身体感覚を上書きしてしまう。
筋トレを続けていて気づいたのは、限界を超えてフォームを崩した時の感覚です。ベンチプレスで「もっと重く」と周囲の目を意識してしまった日、肩の位置が微妙にずれて、翌日に鈍い痛みが残った。あの時の自分は、数字や評価を優先して、身体が発する小さな警告を無視していた。少年たちの屋根の上での走り方も、似た警告を無視した結果に思えます。風を切る快感や、仲間との一体感が、トンネルの梁や落下のリスクをかき消してしまう。
こうした危険行為の背景にSNSの承認欲求があるというのは、精神科医の指摘通りだと思います。でも僕が思うのは、それが「悪」なのではなく、若い世代が「所属したい」「見てほしい」という本能を、現実の場で満たせなくなっている証拠なんじゃないかということ。道場では、組手の後に先輩が後輩の肩を叩いて「よくやった」と声をかけるだけで、欲求が少し満たされる。でも今のSNSでは、それが「数字」に変換されて、もっと派手に、もっと危険に、とエスカレートしやすい。

過去に似た事例を見ると、2026年5月にも同じニューヨークで2人が転落し、1人が亡くなっています。数字だけ見ると「繰り返される悲劇」ですが、一つひとつの仕草を想像すると、ただの統計じゃなく、個々の少年が「今日はうまく決まった」とスマホをチェックする瞬間が浮かびます。その一瞬の高揚が、取り返しのつかないものになる危うさ。武道で培った忍耐の視点から言うと、本当の強さは「見せない選択」にあるんじゃないかと思うんです。
読者の皆さんも、誰かに認めてもらいたい気持ちで、少し無理をした経験はありませんか? あの時の身体の違和感を、どう受け止めたか。僕自身は、怪我から復帰する過程で「我慢と向き合う力」を学びましたが、それは誰もが同じとは限りません。少年たちが逮捕された後、どう自分の行動を振り返るか。そこに、次の選択のヒントがある気がします。
あなたが最近「誰かに見てもらいたい」と感じた瞬間は、どんな時でしたか? コメントで教えてもらえると嬉しいです。温かい視点で一緒に考えられたらと思います。
このテーマに関連して、似た経験を持つ人にとって役立つかもしれない本として、若者のメンタルや承認欲求について深く掘り下げたものを参考までに挙げておきます。
※リンクは参考です。興味があればご自身で内容を確認してみてください。



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