ソフトマッチョです。筋トレ25年、フルコン空手で培った「相手の強さを肌で感じ取る感覚」が、今日もひとつの決断の裏側を照らしてくれました。
甲子園で延長17回を投げ合った男が、巨人から「お話をいただいた」と明かした瞬間。画面越しに映る上重聡さんの目元が、ふっと柔らかく緩んだのを見て、私は思わず拳を握りしめました。なぜ今、この言葉が胸に刺さるのか。プロへの近道を自ら手放したその選択には、単なる「逃げ」ではない、静かな覚悟が宿っているからです。

7月26日放送のBS-TBS番組で、フリーアナウンサーの上重聡さん(46)が高校時代の進路を振り返った。PL学園のエースとして1998年春夏連続甲子園出場を果たし、特に夏の準々決勝では松坂大輔さん擁する横浜高校と延長17回の死闘を演じた彼。巨人から声がかかったものの、「やっぱり松坂を見てしまったというのが1つありますね」「プロは松坂みたいな怪物が行くところなんだ」と語り、立教大学進学を選んだと明かした。
「お話をいただいた」球団名まで具体的に出したのは、初めてに近い率直さだったと思います。大学でさらに鍛えて4年後に挑むつもりだったが、その後の肘の故障なども重なり、最終的にアナウンサーの道へ進んだ経緯は周知の通りです。
ここからが私の視点です。上重さんのあの言葉の裏側にある「距離感の見極め」が、まるで空手の組手で相手の間合いを測る瞬間と重なって仕方ないんですよね。
フルコン空手の大会で、私がまだ色帯になる前の頃。強豪道場の先輩と組手をしたときのことです。相手の突きが来る前に、すでに「この人の軸の安定感は別次元だ」と体が先に察知して、足が自然と一歩下がってしまった。無理に踏み込んでも、2、3本で終わると直感したんです。あの日、私は「今は技を磨く時期だ」と自分に言い聞かせ、あえて遠回りを選びました。結果、半年後に同じ相手と再戦したとき、初めてまともに繋がる感覚を得られました。
上重さんが松坂さんの投球を間近で見て「怪物が行くところ」と感じたのも、まさにそんな身体感覚だったんじゃないでしょうか。画面に映る彼の表情は、決して悔しさ一辺倒じゃない。むしろ「なるほど、あそこまでが本物なんだ」と静かに納得したような、目の奥の落ち着きがありました。巨人からの打診という甘い誘惑を前に、自分の現在地を正確に測れた人だけが持つ、ある種の余裕です。
筋トレでも似た経験があります。ベンチプレスで長年140kg付近で停滞していた時期、無理に重量を上げようとして肩を少し痛めたんです。そこでフォームを根本から見直した。「今の自分の肩甲骨の動きでは、これ以上は怪我をするだけだ」と気づいた瞬間、思い切って重量を落として基礎から作り直しました。半年後、同じ重量が軽く感じるようになったときの安堵感は、今でも忘れられません。
上重さんの選択も、そうした「今の自分を過大評価しない」正直さに満ちています。高校時代からすでにプロの声がかかっていたのに、あえて大学という「道場」を選んだ。そこには「活躍できるかどうか」を最優先にした、プロアスリートとしての矜持が感じられるんです。実際、彼は大学で完全試合という偉業を成し遂げながらも、プレッシャーに押し潰されそうになりながらも最後までやり抜いた。その過程で得た人間関係の機微や、挫折の味が、今の実況やトークに温かい深みを与えているんだと思います。

業界を長く見ていて思うのは、こうした「自らブレーキを踏む勇気」を持てる人のほうが、結局長く輝くケースが多いということ。即プロ入りして短期間で終わる選手もいれば、遠回りして別の形で野球に関わり続ける人もいる。上重さんの場合、後者だった。そしてその選択が、今の私たちに「本気で向き合うとはどういうことか」を静かに問いかけてくれている気がします。
あなたなら、目の前に「怪物」が現れたとき、どう動きますか? 無理に食らいつくか、いったん距離を取って自分を磨くか。私自身は、あの組手の経験から「後退は敗北じゃない」と学んだんですが、皆さんの経験談もぜひ聞かせてください。
このテーマに関連する本として、上重さんご自身が書かれた『怪物と闘ったPLのエース 壁と挫折の連続だった私の野球人生』(竹書房)が参考になるかもしれません。挫折と向き合う過程が丁寧に綴られていて、似た経験を持つ人にとって心強い一冊だと思います。


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