「コネではないが、忖度じゃないですか?」——この一言を、真麻さんはほとんど力を込めずに言った。2026年7月26日放送のテレビ朝日系「有吉クイズ」でのことだ。なぜ今、この言葉が胸に残るのか。それは、ただの自虐や防御じゃなくて、長い年月をかけて“攻撃を流す”技術を身につけた人の、静かな仕草がそこにあったからなんですよね。

元フジテレビアナウンサーの高橋真麻(44)が26日の「有吉クイズ」で、2004年のフジテレビ入社時に「コネ」「ブス」とメディアやネットで叩かれた過去を振り返った。履歴書に父親・高橋英樹の名前は書いていなかったと明かし、「コネではないが、忖度じゃないですか?」とサラリと語った。父・英樹も以前から「当時はフジとは一番ご縁がない局だった」と否定している。
画面の中の真麻さんの目線は、少し下に落ちてからゆっくり相手に戻る。口角はわずかに上がっているけど、声のトーンは落ち着いていて、息を少しだけ深くしてから言葉を選んでいるように見えた。あの“間”が、ただのバラエティのリアクションじゃなくて、若い頃に毎日2ちゃんねるを見て体重が37キロまで落ちた時期を乗り越えた人の、体に染みついた選択なんだと思う。
僕が思い出したのは、道場で後輩と組手をしたときの話だ。相手が明らかに「先輩だから遠慮する」みたいな動きをしてきたとき、僕は一度「もっと本気で来い」と声をかけた。でもその後輩は、逆に力みすぎてバランスを崩した。その瞬間、僕は「受けに行かない」と決めて、軽く体をずらしただけ。強く返すと、相手がさらに力んで怪我する。力を抜いて流すほうが、結果的に相手も自分も守れる。真麻さんの「忖度です」という言い方は、まさにその流し方に近かった。

筋トレを続けていて痛感するのは、限界を感じたときに「もっと力を入れろ」と自分に言い聞かせるほど、フォームが崩れることだ。あるときスクワットで膝が内側に入りかけた瞬間、僕は「押し返す」のをやめて、一度立ち上がって深呼吸した。重りを下ろして、もう一度丁寧にセットする。あの選択が、結局一番長く続けられる。真麻さんも、入社当初は「コネだ」「ブサイクだ」と言われるたびに、毎日ネットを見て落ち込んでいたという。でも今は、その言葉を「トリッキー」と言い換え、さらには「忖度」と自ら先に口にする。攻撃を真正面から受け止めず、少し角度を変えて流す。あれは、ただの自虐じゃなくて、長い間の“耐え方”の完成形なんだろう。
芸能界では、親の名前が先に立つ人ほど、最初の数年で「実力」を証明しなきゃいけない空気がある。真麻さんの場合、花形の「パン」シリーズから外れ、体を張るにぎやかし役に回った時期もあった。それでも父から「耐えろ。回避する方法を覚えると全部逃げる人生になる」と言われた言葉を胸に、続けてきた。あの言葉が、今の「サラリとした言い方」につながっている気がする。業界の人間関係って、結局「誰がどれだけ長く耐えられるか」で信頼が積み重なるところがある。彼女の場合、批判を受け止めたあと、少しずつ「自分の言葉」に変えていった過程が、表情の柔らかさに出ている。
ファンの反応を見ていても、「もう言い慣れた感じがする」「過去を笑いに変えられる強さ」と温かい声が多い。逆に「やっぱり忖度でしょ」と繰り返す人もいるけど、真麻さん本人の仕草は、どちらにも強く反応していない。目を少し細めて、次の話題に自然に移る。あの切り替えの速さは、筋トレで言う「セット間の休息」みたいなものだ。必要以上に余韻を残さない。残すと、次の動きが遅くなる。

僕自身、怪我でしばらくベンチを休んだあと、復帰したときに「周囲の目」が気になった時期があった。フォームが少し崩れているんじゃないか、とか。でもある日、道場の師範が「見てるのはお前の中身だけだ」と言ってくれた。あの言葉で、余計な力みが消えた。真麻さんも、誰かの一言や、先輩後輩との関係の中で、少しずつ「自分の間合い」を取り戻していったんじゃないか。履歴書に親の名前を書かなかったという事実より、そのあと20年以上かけて「言い方」を磨いてきた過程のほうが、ずっと人間ドラマとして深い。
みなさんは、誰かに「コネ」や「親の七光り」と言われたり、自分の努力を疑われた経験はありますか? そのとき、どんな仕草や言葉で自分を守ったのか、よかったら教えてください。真麻さんのように、攻撃を流す技術を身につけた人の表情って、意外と穏やかなんですよね。
このテーマに関連して、真麻さん自身がネガティブをどうポジティブに変えてきたかを綴った本があります。似たような経験を持つ人にとって、参考になるかもしれません。
『ネガティブだった私が見つけた、毎日ポジティブに過ごす秘訣』(高橋真麻)


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