「自分の口座からお金を送っただけ」で、なぜ書類送検になるのか。
全国初の「送金犯罪」として摘発されたというニュースを見て、胸の奥がざわつきました。道場で長年相手の動きを読み続けてきた身として、「一手送る」という行為が、思わぬところで線を越えてしまう怖さを、改めて突きつけられた気がするんです。
事実の整理
報道によると、ある人物が自分の銀行口座から送金した行為が「送金犯罪」として全国で初めて書類送検されたそうです。特殊詐欺や違法な資金移動に関わる文脈で、送金そのものが犯罪を構成すると判断されたケースで、詳細は捜査中ですが「自分の口座から」という点が注目を集めています。
これまで「他人の口座を貸した」「受け取った」ケースはありましたが、「自分の口座から送金しただけ」で摘発されたのは初とされ、送金の「正体」や判断基準に多くの人が戸惑いを感じています。

「一手送る」瞬間に潜む、読みきれなかったもの
フルコンタクト空手で組手をする時、私はいつも「この一撃を送るべきか」を瞬時に判断します。相手のガードの隙間、呼吸のタイミング、体重の移動……すべてを読みながら、でも「送りすぎない」ようにコントロールする。送った瞬間に「これはやりすぎた」と体が知ることもあります。
今回のニュースで「自分の口座から送金しただけ」という表現に引っかかったのは、まさにこの感覚に重なるからです。送る側は「これは自分の判断で、自分の金で、ただ送っただけ」と思っていたのかもしれません。でも外から見ると、その一手がすでに線を越えていた。 道場で言うなら、相手がまだガードを下げていないのに、力いっぱい突きを出してしまったようなもの。送った本人は「ただ練習の一環」と思っていても、結果として反則や危険な状況を生んでしまう。
【画像推奨箇所:空手や組手のスパーリング風景(特に一撃を出す瞬間のフォームや、相手の反応を読み取っている目線が強調された画像)】筋トレを続けていて気づいたのは、「自分の体から力を送る」行為にも、明確な境界線があるということです。ベンチプレスで限界を感じてフォームを根本から直した時、ただ重りを「上げる(送る)」のではなく、肩甲骨の位置や肘の角度まで読み直さないと、結局自分を痛めてしまう。 送金も同じで、「お金を動かす」という行為自体が、ただの日常動作ではなく、どこにどうつながるかを読み取る必要がある時代になったのかもしれません。
「自分の口座だから大丈夫」という思い込みの危うさ
人間は「これは自分のものだから自由に動かせる」と考えがちです。口座のお金は自分の判断で送れる——その思い込みが、今回のケースで脆く崩れたように感じます。
道場で後輩のメンタルを守った時のことを思い出します。後輩が「大丈夫です」と言って無理に技を出そうとした時、私は「待て」と声をかけました。本人は「自分の力でやるつもり」だったのに、周りから見ると明らかに危険な一手だった。 「自分の口座から送る」行為も、送る本人は「自分の意思で、自分の責任で」と思っていた可能性が高い。でも周囲(社会や法律)の目には、それがすでに誰かを傷つける一手として映っていた——そんな人間ドラマが、ここに凝縮されている気がします。
【画像推奨箇所:銀行の送金確認画面や、スマートフォンでお金を送る手元の写真(「本当に送る?」と確認を促すポップアップが強調されたイメージ)】
現代ではアプリ一つで簡単に送金できます。指先でタップするその軽さが、逆に「この一手がどこまで影響するのか」を読みにくくしているのかもしれません。道場で言う「間合いを詰めすぎて、相手の反応を見る余裕を失う」状態に似ています。
これから私たちが気をつけるべき「読み」の力
このニュースが全国初摘発として報じられた意味は大きいと思います。ただ怖がるのではなく、「送る」という行為の重みを、もう一度見直すきっかけになるはずです。
空手で長年学んだのは、「送らない」という選択もまた、立派な技だということ。 送金する前に一呼吸置く。相手の状況や自分の行為がどこにつながるかを、わずかでも想像してみる。 それが、道場で相手のガードを崩しすぎないようにするのと同じ「読み」の力なんですよね。
【画像推奨箇所:ニュースの報道画像や、警察発表関連の資料写真(「送金犯罪」に関する報道の見出し部分がはっきりわかるもの)】筋トレでも、怪我から復帰する過程で学んだのは「我慢と向き合う力」でした。 「もう少し送れるかも」と思った時に、そこで手を止める勇気。 今回のケースも、同じように「送る前に立ち止まる」習慣が、これからますます大事になってくるのかもしれません。
最後に
お金を送るという、日常の何気ない行為が、思わぬ形で「犯罪」と線引きされる時代。 私はこのニュースから、道場でいつも感じている「一手送る前のわずかな間」を、改めて日常に取り戻したいと思いました。
皆さんは、お金を送金するときに「本当にこれでいいのか」と立ち止まる瞬間はありますか?
または、日常の何気ない行動が、思わぬ結果につながった経験はありますか?
コメントで、もしよければ聞かせてください。


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