飯窪春菜の適応障害公表 外部評価に飲み込まれた「自分軸」の機微

飯窪春菜の適応障害公表 外部評価に飲み込まれた「自分軸」の機微

先日、元モーニング娘。の飯窪春菜さんがテレビでアイドル時代の適応障害を初めて公表されたニュースを目にして、道場で後輩の表情をじっと見つめていた頃のことを、ふと思い出しました。

「気づいたら『適応障害』って診断されていたりとかもありましたね、当時は」——彼女の静かな語り口が、胸にじんわりと残るんですよね。ファンの声やマネージャーさんの意見を優先しすぎて、自分の気持ちを後回しにしていた結果、「どんどん自己肯定感も下がっていきました」と。

飯窪春菜/IIKUBO HARUNA (@haruna__iikubo) / Posts / X

事実の整理(最小限)

7月21日放送の日本テレビ系「上田と女がDEEPに吠える夜」(女性アイドルのリアル特集)で、飯窪春菜さんは10期メンバーとして活動していた頃に適応障害と診断されていたことを明かしました。アイドルという世界で「人からの評価が全て」と思い込み、ファンの声や周囲の期待を自分の気持ちより優先していた結果、自己肯定感が徐々に低下していったそうです。

現在は女優・モデル・画家として活動を続け、自身のXでは「今はもう大丈夫です!! 大変だったことも吐露していたけれど、アイドルやって良かったと心から思っています」と振り返っています。

外部の声に飲み込まれていく「自分軸」の喪失

この「どんどん下がっていきました」という表現が、すごくリアルに響きました。適応障害って、突然ドンと来るものじゃなくて、じわじわと自分の輪郭が薄れていく感じなんですよね。

道場でフルコン空手をやっていた頃、似たような場面を何度も見てきました。特に印象的だったのは、ある後輩の組手です。彼はとても真面目で、「先生に褒められたい」「先輩に認められたい」という気持ちが強すぎて、相手の動きに完全に合わせようとしすぎたんです。自分の間合いや呼吸を無視して、ただ「期待に応えよう」と動く。結果、ガードが緩み、カウンターをもらってダウンしました。

その後、彼は「気づいたら自分がどこにいるかわからなくなってた」と話していました。まさに飯窪さんの「気づいたら診断されていた」という感覚に重なるんです。外部からの「こうあるべき」という声が強すぎると、自分の内側にある「今、この瞬間の自分の状態」が聞こえなくなっていく。自己肯定感が下がるのは、失敗したからじゃなくて、「自分を失っている」という無自覚の恐怖が積み重なるからだと思います。

モーニング娘。'18 飯窪春菜さんの卒業に思う | 毎日ヤッホー ...

飯窪さんが「ファンの人とかマネージャーさんとかからの意見を聞いて、自分の気持ちよりもそっちを優先して過ごしていた」と話した部分も、痛いほどわかります。アイドルという職業は、特に「他者からの評価=自分の価値」になりやすい世界です。武道も似ていて、試合や審査で「どう見られているか」を意識しすぎると、結局自分の動きが崩れる。

僕自身、筋トレ25年の中で一番苦しかった時期は、ベンチプレスの記録を伸ばそうと必死になっていた頃です。周りの人が「もっと重く上げろよ」と言われると、フォームを崩してまで挑戦して、肩を痛めてしまいました。あの時、限界を感じてフォームを根本から見直したんです。バーを下ろすときの「自分の胸の張り」や「肩甲骨の動き」を、他人ではなく自分の感覚で確かめる。数字じゃなくて「今、自分の体がどう感じているか」に耳を澄ませるようにしたら、怪我も減り、徐々に自信が戻ってきました。

これって、飯窪さんが今、絵を描いたり舞台に立ったりして自分を取り戻している過程と、どこか通じている気がします。外部の評価を全部否定するんじゃなくて、「まずは自分の内側にある声にちゃんと耳を傾ける」ことから始める。シンプルだけど、一番難しいことなんですよね。

モー娘。飯窪春菜、秋ツアーで卒業 今後はソロで芸能活動 ...

公表という行為が示す「回復の強さ」

今、飯窪さんがこの話を公表できたこと自体が、彼女の「自分軸」が戻ってきた証拠だと思います。適応障害を経験した人が、後から「アイドルやって良かった」と心から言えるようになるまでには、かなりの時間と、自分との対話が必要だったはずです。

道場でも、怪我やスランプから復帰した選手が「当時はわからなかったけど、今ならわかる」と話すときの表情は、明らかに違います。苦しかった時期を「ただの失敗」ではなく「自分を知るためのプロセス」として語れるようになったとき、本当の強さが宿るんです。

彼女の言葉を聞いて、ふと思ったのは「アイドル時代に失った自分軸を、女優や画家として少しずつ取り戻していったんじゃないか」ということ。絵を描くという行為は、まさに「他人の評価を一旦置いて、自分の内側を表現する」作業そのものです。あの穏やかな笑顔の裏に、そんな長い道のりがあったんだな、と。

「どんどん自己肯定感も下がっていきました」
この「どんどん」という言葉に、すべての人間ドラマが詰まっている気がします。

最後に

芸能界に限らず、誰しも「周りの期待」と「自分の本音」の間で揺れる瞬間はあります。飯窪春菜さんの告白は、そんな揺らぎを「弱さ」ではなく「人間らしい過程」として見せてくれたように感じました。

武道を続けてきて気づいたのは、強い人は「我慢が上手い」のではなく、「自分の限界と本音に正直になれる」人だということです。彼女が今、「大丈夫です」と言えるようになったように、皆さんも自分の内側の声に、時々耳を澄ませてみてほしいなと思います。

この話を読んで、どんなことを感じましたか? コメントで聞かせてもらえると嬉しいです。

(ソフトマッチョ)