山田五郎「がんと共に生きる」 落ち着いた語り口にみる本音
山田五郎さんのYouTube動画を初めて見たとき、ふと道場で師範が怪我の話をするときの口調を思い出したんですよね。 感情を押し殺すんじゃなく、ただ事実を丁寧に並べて「これが今起きていることだ」と伝える感じ。あの落ち着いた語り口が、なぜか胸に残ったんです。
事実の整理
2024年10月、山田五郎さん(当時65歳)は自身のYouTubeチャンネルで「原発不明がん(ステージ4b)」を公表しました。腰の痛みをきっかけに精密検査を受け、骨への多発転移がわかり、手術は不可能、抗がん剤治療を続けながら活動を継続する方針を伝えています。「がんと共に生きる」と本人が言葉にしたのが印象的でした。
公表から1年9ヶ月が経った2026年7月現在も、テレビ出演やYouTube「大人の教養講座」の配信を続けています。3月には一時昏睡状態になったことも明かしましたが、その後も元気な姿で番組に出演。おしゃれなスーツ姿でよく通る声で語る様子は、以前と変わらない印象を受けます。
「ぎっくり腰じゃなくてがんだったんですよ」という言い方
公表動画で山田さんが最初に言ったのが「ぎっくり腰じゃなくてがんだったんですよ」という一言でした。視聴者が腰の不調を心配していたのを、まるで軽い雑談のように切り出す。あの瞬間の表情を想像すると、眉間に少し力が入りながらも、口角は少し緩んでいたんじゃないかと思います。重い事実を、いつもの解説者らしいトーンで伝える。そこに彼の人間らしさが詰まっている気がするんです。
道場で似た場面を何度も見てきました。組手中に軽い打撲をしたとき、師範が「大丈夫か」と聞くと「大丈夫です、続けます」と即答する後輩がいました。でも本当は痛い。山田さんのあの言い方も、同じように「心配かけないように、でも事実を隠さない」バランスを取ろうとする仕草のように見えるんですよね。
「がんと共に生きる」という選択の機微
「がんと共に生きるってやつですよ。今のところはね、元気にやれているから安心ください、仕事はちゃんとやります」——この言葉が一番、山田五郎さんらしさが出ていると思います。闘うでも、諦めるでもなく、「共に生きる」。抗がん剤の副作用で指先の感覚がなくなって原稿が打ちにくくなったり、ギターが弾けなくなったりしても、「気合いでなんとか乗り切れています」と淡々と語る。
筋トレを25年続けてきて気づいたのは、体が思うように動かない日でも「今日できる範囲で形を崩さない」ことが結局一番効くということです。ベンチプレスでいつもより重量が上がらない日に、無理に追い込まずに丁寧に回数をこなす。あれと似ている。山田さんは「終活より、仕事をしたい」とも言っています。病と向き合う時間を、残された日常を丁寧に生きる時間に変えていく。そこに、派手なドラマじゃなく静かな強さがある。
芸能界や文化評論の世界で長年見てきたのは、病を公表した瞬間に「闘病物語」として消費されがちなパターンです。でも山田さんの場合は違う。公表後も変わらず知的で、少しユーモアを交えた語り口を保っている。スーツを着て番組に出る姿自体が、「今もここにいる」というメッセージになっている気がします。
副作用と「気合い」で向き合う日々
2026年のインタビューでは、抗がん剤の副作用が本当の相手だと本人が語っていました。点滴後に「ドーンと落ちる」疲労や、吐き気、手足の神経障害。それでも「それ以外の日は気合いでなんとか乗り切れています」と。まるで長時間の組手で、相手のペースに飲まれそうになりながらも、自分の呼吸を整えて耐えるような感じです。
実際に道場で、疲労が極限に達した夜の練習を思い出すんです。足が重くて技が決まらない。でも「今日もここに立っている」という事実を積み重ねる。山田さんの「仕事はやってきますよ」という姿勢は、まさにそれ。体が「今日は休め」と言っていても、心が「まだできる」と答える瞬間を、毎日繰り返しているんだと思います。
最後に
山田五郎さんのニュースを追いながら、改めて「生きる」という行為の幅広さを感じています。がんという現実を受け入れつつ、今日もスーツを着てカメラの前に立つ。語り口はいつものように落ち着いていて、少しだけユーモアが混じる。
もしあなたが今、何か大きな壁にぶつかっているとしたら、山田さんのあの「共に生きる」という言葉をどう受け取るでしょうか。抵抗するでも、逃げるでもなく、ただ今日できることを丁寧にやる——そんな静かな選択が、意外と一番遠くまで連れていってくれるのかもしれません。
(ソフトマッチョ 2026年7月19日)


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