道場で組手をしていると、相手の呼吸やわずかな重心の移動に合わせて瞬時に体を切り返せるからこそ、長く続けられるんですよね。計画をガチガチに固めすぎると、相手の変化に対応できなくて、結局自分も疲弊して離れてしまう。フルコン空手を25年近くやってきて、何度もそんな場面を見てきました。
最近、青春18きっぷの販売数が2年で62万枚から24万枚近くまで激減したというニュースを目にして、ふとその感覚が重なりました。JRが選んだ「最悪の選択肢」と呼ばれるルール変更が、利用者との間にどんな「人間関係の機微」を生み出してしまったのか。温かい目で、でも少し鋭く見てみたいと思います。
事実の整理(最小限に)
青春18きっぷは、春・夏・冬の特定期間にJR全線の普通・快速列車が乗り放題になる人気の企画乗車券です。従来は有効期間内で「好きな5日間」を選んで使え、複数人での共有も可能でした。それが2024年度冬季分から「連続する3日間または5日間」に限定され、1人1枚のみ、購入時に利用開始日を指定する形に変わりました。
その結果、販売数が大幅に落ち込んだと報じられています。利用者の声では「急な予定変更に対応できない」「社会人には5日連続はハードルが高い」といった不満が目立ち、署名活動も起きるなど反発が広がりました。JR側は自動改札対応や駅員の負担軽減を理由に挙げていますが、利用者離れは予想以上に進んでいます。

「柔軟さ」が失われたとき、人はなぜ離れるのか
この変更で一番痛いのは、「柔軟に生きる余白」が奪われたことだと思います。以前のきっぷは、予定が狂っても「明日使おう」「雨が降ったら次の週にずらそう」と調整できた。まるで道場で「今日は体が重いから軽めの打ち込みにしよう」と自分で調整できるのと同じです。
ところが新ルールでは、購入した時点で「この3日間(または5日間)は絶対に旅する」と自分を縛ることになる。社会人なら有給を連続で取らなきゃいけないし、学生でもサークルやバイト、急な体調不良で台無しになるリスクが跳ね上がる。実際に使ってみた人たちの表情を想像すると、以前のように「わくわくしながら切符を握る」明るさが、どこか肩を落とした感じに変わっている気がしてなりません。
筋トレを25年続けていて気づいたのは、人は「自分のペースで続けられる」と思えるからこそ長く付き合えるということです。急に「毎日同じメニューを連続でやらなきゃダメ」とルールが変わったら、ほとんどの人が離れていきますよね。青春18きっぷも同じで、「いつでも自分のタイミングで」という余白が、若者や時間に余裕のない人たちを支えていた最大の魅力だったんです。

JRの「姿勢」が利用者にどう映ったか
JRがこの変更を選んだ背景には、人手不足や自動改札対応という現実的な事情があるのはわかります。駅員さんの中には「利用者のマナーが悪くて対応が大変だった」という声もあるようです。でも、それでも「最悪の選択肢」と言われるのは、利用者との関係性を「効率化」で上書きしてしまった点です。
人間関係で言うと、相手の事情を少しでも汲み取ろうとする姿勢があるかどうかで、信頼の温度が変わります。道場でも、指導者が「今日はみんな疲れてるみたいだから軽めで」と空気を読んでくれると、みんなが「また来よう」と思う。一方、「ルールはルールだから」と硬直的に押し通すと、徐々に人が減っていく。JRの今回の変更は、後者に近かったように感じます。
特に痛いのは、複数人利用を禁止した点です。友達同士で「1枚でシェアしてプチ旅行」という使い方が、青春18きっぷのもう一つの魅力でした。それを「1人1枚」にしたことで、グループでの入り口が狭まりました。視線を逸らして「まあ、個別に買えばいいか」と諦める若者たちの姿が、想像できます。

長期的に見て、何を失うのか
このまま利用者離れが続けば、JRは「若者や時間に余裕のない人が最初に触れる鉄道」という大切な入り口を失うことになります。ローカル線を気軽に旅する文化が薄れ、結果として鉄道全体のファン層が細っていく可能性すらある。
武道や筋トレの世界でも、短期的には「管理しやすくする」ためにルールを硬くした結果、長期的に参加者が減って存続が危うくなるケースを何度も見てきました。JRも同じです。自動改札対応や人員削減という「効率」は確かに手に入るかもしれませんが、それと引き換えに「このきっぷならまた使おう」と思わせる温かみや、利用者との緩やかな絆を失いつつあるように見えます。
利用者側も、ただ文句を言うだけでなく「こういう使い方をしたい」という声を丁寧に伝え続けることが大事だと思います。でも、根本的には提供する側が「相手の生活リズムに寄り添おう」という姿勢を、もう一度取り戻せるかどうかが鍵ではないでしょうか。
最後に
青春18きっぷが持っていた「いつでも自分のタイミングで」という柔軟さは、単なる便利さではなく、人と旅との優しいつながり方そのものだったと思います。それを一気に硬くしてしまった今回の選択は、確かに「最悪の選択肢」の一つに見えます。
ただ、完全に失われたわけではないはずです。まだローカル線を愛する人たちはいますし、JRがもう一度「利用者の目が輝く瞬間」を大切にしようと思えば、道は開けるかもしれません。
あなたは、青春18きっぷや似たような「柔軟なサービス」を失った経験で、どんな気持ちになりましたか? もしよかったら、コメントで教えてください。道場やジムでの似た体験談も、ぜひ聞かせてもらえると嬉しいです。
(この記事は、筆者の25年以上の筋トレ・フルコン空手経験と、10年以上にわたる人間関係・表情観察に基づく独自の視点で書いています)


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