テレ朝社長の「コミュニケーション不足は間違いなくあった」に、
なぜか胸がざわついた
鈴木紗理奈さん(イメージ)
6月30日、テレビ朝日の西新社長が定例会見で、再び深く頭を下げた。
「今回の事案については、番組制作スタッフの配慮が足りずに鈴木紗理奈様に大変不快な思いをさせてしまい……ご迷惑をかけたことを改めて深くおわびしたい」
そして、はっきりと言った。
「コミュニケーション不足は間違いなくあった」
この言葉を聞いた瞬間、僕の中で何かが強く引っかかった。
単なる形式的な謝罪ではなく、組織として本当に「痛み」を感じているように聞こえたからだ。
5月の騒動を、改めて「人間の感情」として思い返す
5月18日放送の『あのちゃんねる』。あのちゃんが「嫌いな芸能人」の話題で、鈴木紗理奈さんの名前を挙げた。共演したことすらない。
鈴木さんはその後、自身のSNSで「私が出てもない番組で……普通にいじめやん」と投稿した。ショックと怒りと、理不尽さがにじみ出ていた。
あのちゃんも自分のXで「もう続けたくないので番組を降ります」と宣言。局はTVer配信を停止し、公式サイトでお詫びを掲載した。
そして6月15日に番組終了。社長は5月26日にも謝罪していたのに、6月30日に再び同じテーマで、より![]()
具体的に「コミュニケーション不足」を認めた。あのちゃん(イメージ)
ここで少しだけ、僕の話をさせてもらいたい。
昔、エンジニアとして働いていた頃、プロジェクトが炎上した後の振り返りで、ほぼ毎回出てきたフレーズがあった。
「コミュニケーション不足が原因でした」。
仕様書を共有しきれなかった。チャットで「これでいきましょう」と流したけど、相手の解釈が違っていた。「Aさんはきっとこう思ってるはず」と勝手に前提を置いて進めた結果、後で大炎上。
そのたびに「確認体制を強化しよう」と決めて、次のプロジェクトに臨む。でも人間は忘れる生き物だ。忙しさや「まあ大丈夫だろう」という油断が、すぐに同じ穴を掘らせる。
「確認体制の強化」が、なぜ今こんなに重いのか
社長が「厳重注意」と「確認体制の見直し」を明言したのは、ただの綺麗事じゃないと思う。
この一件で、制作に関わった人たちが「自分の仕事が、誰かの心を傷つける可能性がある」と、改めて突きつけられたからだ。
鈴木さん(48歳)にとって、それはただの「番組のネタ」ではなかったはずだ。長年積み重ねてきたイメージや、ファンからの信頼……。「いないのに、勝手に名前を挙げられて『嫌い』と言われる」。その痛みは、20代の頃とは重みが違う。
僕がエンジニア時代に痛感したのは、「相手の立場に立って想像する作業」を、仕組みに落とし込まないと、結局同じ失敗を繰り返すということだ。
「大丈夫だよね?」と一言聞くだけでも、変わることは多い。でも、それを「忙しいから後回し」にすると、結局大きな代償を払う。
人間関係は、結局「伝えること」と「確認すること」の積み重ね
このニュースを読みながら、ふと学生時代のゼミを思い出した。グループで発表準備をしていた時、僕が本人のいない場で「このアイデア、ちょっと弱いよね」と話してしまった。後で本人に伝わって、「なんで俺抜きでそんな話してたんだよ」と信頼を失った。
あれからというもの、どんな小さなことでも「この話、関係者に共有したっけ?」と自分に聞くようになった。
同じことが、華やかなテレビの現場でも起きていた。「鈴木さんが出演してないから大丈夫」という前提が、ほんの少しの確認で防げたかもしれない。
そんな経験から、コミュニケーションの質を上げるために、最近また読み返している本がある。
『非暴力コミュニケーション』(マーシャル・B・ローゼンバーグ著)だ。
相手のニーズを尊重しながら自分の気持ちを伝えるフレームワークが、意外とこの手のトラブルを未然に防ぐヒントになる。もし興味があれば、ぜひチェックしてみてください。
関連:テレビ朝日社長の会見映像
※YouTubeで「テレビ朝日社長 謝罪 6月30日」などで検索した最新の会見動画に置き換えてご利用ください
最後に、読むあなたへ
この一件が、テレビ業界全体の「確認文化」を少しでも前に進めるきっかけになるといいなと思う。
鈴木さんにも、あのちゃんにも、そして番組を楽しみにしてきた視聴者にも、できるだけ早く前を向ける日が来てほしい。
あなたはどう感じましたか?
「伝わらなかった」「確認しきれなかった」——そんな経験、仕事や人間関係で一度はしたことがあるんじゃないでしょうか。
もしよかったら、コメントであなたのエピソードや考えを聞かせてください。このブログでは、そういう「一人ひとりの声」を大事にしていきたいと思っています。


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