国鉄最後の駅長・畑中徹さんが定年退職へ…汗だく営業マン時代の電車体験と「鉄道愛」が胸熱
ソフトマッチョさんです。
皆さん、最近のニュースで心が熱くなった方はいますか? JR東海の高山駅長・畑中徹さん(64歳)が今年8月に定年を迎えられます。国鉄時代を知る「最後の駅長」として、47年間制服を着続け、地域と乗客を支えてきた方です。
東海テレビの報道で「国鉄の職場は荒廃していて…」という本人の言葉が出てきて、僕も胸に刺さりました。今日はこのニュースを軸に、僕のリアルな鉄道体験を長めに織り交ぜながら、鉄道の「愛」と時代を超えた魅力を語ります。
畑中徹さんとは? ニュースのポイントを僕なりに
1980年に国鉄入社、運転士として東海道線を走り、2018年から高山駅長。飛騨高山の玄関口で年間125万人以上の観光客を迎える現場の最前線です。
「国鉄の職場は荒廃していて、仕事も割とずさんだった。リセットされていい状況になっていくんじゃないかと期待を持っていた」
民営化(1987年)当時の率直な思い。そして今も朝の安全祈願、ホーム除草、台風時の対応…。地域を「明るくする」鉄道愛が溢れています。「一言で言うと『愛』ですね」と語る姿に、ただただ頭が下がります。
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※JR高山駅僕の体験談① 汗だく営業マン時代、気づかず飛び乗った電車で感じた「当たり前」の重み
20代後半、営業職で東海地方を飛び回っていた頃の話です。真夏の猛暑日、顧客訪問を終えて汗だくのスーツ姿で名古屋駅へ。シャツはびしょ濡れ、息も絶え絶えで在来線ホームに駆け込みました。
電車が来てドアが開いた瞬間、気づかず飛び乗り、座席に倒れ込むように座りました。しばらくぼーっと窓の外を見ていると、車内の涼しい風と、揺れが体を癒してくれていることに気づきました。
「この電車、どこまで…?」と一瞬迷いましたが、駅員さんのアナウンスが優しく耳に届きました。当時はまだ国鉄の面影が残る車両もあって、シートのもったりした感触や独特の匂いが懐かしかったです。
あの時、汗だくの自分をちゃんと目的地まで運んでくれた「当たり前」が、誰かの日々の努力で成り立っているんだと実感しました。畑中さんが経験した「荒廃」期の後、民営化でリセットされた現場が、今の丁寧なサービスを生んでいるのかもしれません。
この体験以来、電車に乗るたびに「ありがとう」の気持ちを忘れなくなりました。
僕の体験談② 高山旅行で感じた駅の温かさと地域のつながり
数年前、友人たちと飛騨高山を訪れた時のこと。JR高山駅に降り立った瞬間、木のぬくもりと山の空気が混じった独特の雰囲気。観光客で賑わう中、駅員さんが笑顔で道案内やおすすめスポットを教えてくれました。
駅舎を眺めながら「ここで働く人は、地域そのものを背負っているんだな」と感じました。畑中さんが駅長として長く務めていると知り、後から「あの時の温かさは彼の影響もあったのかも」と思いました。
台風被害の時、家族の心配を抱えながらも乗客優先で代行バスを手配したというエピソードを聞くと、プロの誇りと愛情が痛いほど伝わってきます。僕もあの旅行で得た「鉄道は人を繋ぐ」という実感が、今のブログ執筆の原動力になっています。
※国鉄時代の駅員姿国鉄からJRへ——効率化と「人間の愛」のバランスを考える
民営化から40年近く。安全性・定時性は世界トップクラスになりましたが、「昔の人間味が薄れた」という声も。畑中さんの言葉は、その両面を教えてくれます。
荒廃した職場をリセットしたからこそ、今のJRがある。でも、除草作業を自ら行い、乗客一人ひとりに寄り添う姿勢は、効率だけでは生み出せない「愛」です。
僕の営業体験や旅行体験から言うと、鉄道の価値は「移動手段」以上のもの。風景、匂い、人との触れ合い——それが心を豊かにするんです。高山のような観光地では特に、駅長さんのような存在が地域全体を明るく照らします。
少子高齢化が進む日本で、鉄道はこれからも「愛」を武器に進化していくはず。畑中さんの退職は一つの区切りですが、その精神は後輩に受け継がれるでしょう。
東海テレビ報道動画
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